チュニジア観光の話題と写真1

「アラブの春」と呼ばれるマグレブ地方(北アフリカ)や中東一連の民主化運動の発端となった「ジャスミン革命」の舞台チュニジア。
無事に民主化を成功させたということでめでたい。

最近のチュニジア政治情勢

チュニジアにおける新内閣の発足(外務報道官談話)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/page6_000001.html

チュニジアで新内閣 「アラブの春」唯一の成功例
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150206/k10015257131000.html

Tunisia opts for an inclusive new government
http://www.washingtonpost.com/blogs/monkey-cage/wp/2015/02/03/tunisia-opts-for-an-inclusive-new-government/

主に内政を担うハビブ・シド新首相(PM Habib Essid)と国防と外交を担当するカイドセブシ大統領(President Beji Caid Essebsi)をリーダーに、
世俗政党ニダチュニス(Nidaa Tounes,”Appel de la Tunisie”,”Call of Tunisia”,”チュニジアの呼びかけ党”)とイスラム政党アン=ナハダ(”The Ennahda Movement “,”Mouvement Ennahda”,”再生”)の二大政党の挙国一致内閣が無事成立し、アラブの春以来イスラム色が強く出ていたチュニジアも再び世俗的な観点からの経済再生が試みられるとすると幸いなことである。

またイスラム政党であるアン=ナハダが急進的なイスラム主義を拒否し、ISIS/ISIL/イスラム国といったテロ組織に反対しているというのもチュニジアにとって明るい。一時期の混乱でISIS/ISIL/イスラム国への兵隊輸出国みたいになってしまったが、協調的な国際関係の一員として受け入れられる体制が再び整った。これもめでたい。

なにせチュニジアは1000万人の人口に対し年700万人もの観光客が訪れる観光大国。国際関係と政治が安定しているという安心感は産業の基礎なのだ。

さて、なんでまぁ写真中心のブログでチュニジアの政治情勢を述べたかというと、2011年のちょうどアラブの春の残滓がある時期に、所用でチュニジアにおり、その美しさに、是非もっと多くの日本人がチュニジアに行ってみて欲しいと思っていたからなのだ。

 

チュニジア観光のススメ-まず定番観光地を回ろう!-

●日本からチュニジアへ

日本からだとドバイ・エミレーツ航空で成田からドバイへ12時間、ドバイ国際空港でのトランジット5時間(羽田便なら2時間)、そこからチュニジアの首都チュニス・カルタゴ空港まで7時間、約24時間の旅である。

これを聞くとめちゃめちゃ遠いようだが、成田発も羽田発も0時頃の寝る時間発、乗り換えのドバイ国際空港は究極のエンターテイメント空港でもあるし、またエミレーツ同士のトランジットだと豪華なラウンジが使用できるため意外と不満がない。

#ブログ主が行ったときは成田-ドバイが総2階建ての最新機A380を利用していたのが良かったのだが、現在はB777になってしまったことがちょっと残念。まぁ日本は大阪などから成田に客を集めてA380でどかん!と運ぶよりは、関空も成田も羽田もそれぞれB777で飛ばした方が合理的なのでしかたがない。

そして到着するチュニス・カルタゴ空港はこんなところ。

Tunis–Carthage International Airport(TUN) 4K/チュニス・カルタゴ国際空港 4K

Tunis–Carthage International Airport(TUN) 4K/チュニス・カルタゴ国際空港 4K

空港からはタクシーで市内中心部へ(Tunis TGMという近郊鉄道に「L’Aéroport/アエロポート/エアポート/空港」という駅があるのだが滑走路とかに近いだけで客に関係はない)。

 

●チュニス大聖堂(Cathédrale de Tunis)
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新市街と旧市街(メディナ)の間、新市街の大通りハビブブルギバ通りの西端の広場。フランス大使館とチュニス大聖堂が向かい合って建つ。チュニジアはイスラム教徒が多い国(イスラム教国ではない)であるが、フランスの植民地でもあったので、このように至る所にフランス感が混ざる。

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《Cathédrale de Tunis》チュニジアの首都チュニスの新市街にあるローマカトリックの大聖堂。ハビブブルギバ通りの西端に位置し、独立広場に隣接する。フランス植民地時代の19世紀末に建造。17世紀フランスの司祭バンサン=ド=ポールを祭る。ゴシック様式、ネオビザンチン様式、およびアラブ風の建築様式が混在する。バンサン‐ド‐ポール大聖堂。
https://kotobank.jp/word/%E3%83%81%E3%83%A5%E3%83%8B%E3%82%B9%E5%A4%A7%E8%81%96%E5%A0%82-678930
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●イブン・ハルドゥーン像
ただやはりチュニジアらしく、フランス大使館とチュニス大聖堂の間に立つのは、イスラム教の偉人「イブン・ハルドゥーン」。
日本の教科書にものっているほどのイスラム世界最大の学者で、チュニジア出身である。

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イブン・ハルドゥーン (アラビア語: ابن خلدون‎, 英語: Ibn Khaldun, 1332年5月27日 – 1406年3月19日)は中世のイスラーム世界を代表的する歴史家、思想家、政治家。イスラーム世界最大の学者とも呼ばれる。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%96%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E3%83%B3

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●フランス門と旧市街(メディナ)

チュニジア・チュニス・フランス門
そして広場から旧市街(メディナ)側に向かうと有名な「フランス門」が。ここから先が旧市街。メディナとはイスラムの預言者「ムハンマドの地」を意味し、7世紀頃に侵入してきたアラブ人によって作られたとのこと。

そう、紀元前800年頃にカルタゴが存在し、ローマを脅かしたハンニバル将軍で有名なチュニジアであるが、この旧市街(メディナ)はアラブ人がつくったものなのだ。

そして旧市街(メディナ)は世界遺産である。シリアのダマスカスなど中東情勢の不安定化で貴重な遺産が壊されたり、治安上観光が難しくなっている中で、観光しやすい貴重なイスラム世界の遺産だ。

 

●市場(スーク)
旧市街(メディナ)の多くを占め観光客が歩くのは市場(スーク)
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色とりどりで物売りからカフェから理容室から・・・・とにかくなんでもある。
特にカフェはおそらく8世紀から変わらないんだろうな、ああ旅に来たんだ!という実感が出来ておすすめ。

 

旧市街(メディナ)・市場(スーク)のメイン通りを1本外れれば人々の暮らしが感じられる静けさ。
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ちなみに旧市街(メディナ)・市場(スーク)はとにかく迷いやすいので地図を見て自分のいる位置に気をつけること。チュニジアの携帯電話はフランス大手のOrange(オランジ)が経営しているため電波品質的には日本人が使っても違和感ないのだが、入り組んだ建物の中であり、GPSがまともにつかめず、スマホの地図に信頼が置けないのだ。

こんな感じの景色になったらちょっと道はずれたかな?と確認してみよう。
チュニジア・チュニス・旧市街地(メディナ)の外れ

進み続けると徐々に静かになり、政府関連の施設が増える。
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●チュニジア政府庁舎
そして旧市街地(メディナ)を抜けるとチュニジア政府庁舎

Tunisia Government Building 4K(チュニジア政府庁舎 4K)

Tunisia Government Building 4K(チュニジア政府庁舎 4K)

長くなったので次の記事に続く。
【チュニジア観光の話題と写真2】

 

 


 

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